2018.10.16
次男と国語力と


国語力とは一体何でしょうか?
様々な定義があるのでしょうが、私はかなり広い意味でこの言葉を使っています。
今日は我が家の次男のお話をさせて下さい。
彼は、ミレニアム生まれの19歳。
中学を卒業すると、「机上の勉強は嫌いだから」とさっさと通信制の高校に入学。
有り余る時間を、好きな木工と、バイト、弓道、そして洋楽を覚えることに費やす毎日です。
100曲ぐらい歌えるのではないでしょうか?
お陰で歌詞の意味もスペルもよく分かるようです。
高1の時は、ご縁を頂いて元横浜マリノスの監督、アントニオさんとスペインへ2週間のサッカー留学。
バルセロナの「カンプ・ノウ」で本場の試合を観戦し、海外の高校生と試合することができました。
高2では、トビタテの奨学金をいただき、無料でスペインへ3か月。
英語が話せないと、お話にならないとつくづく感じたそうです。
ホームレスのおじさんと毎日人生を語っていたとか。
スペイン語はほぼ話せないのに、どうやって話していたのかは謎です。
高3では八女と北海道へ、5か月間国際ボランティアに行き、 世界中に友達が出来ました。
先の地震の時にも北海道にいたのですが、初めて地震を体験する外国人も多く、日本語の流暢な(当然ですが)彼は大活躍だったと人づてに聞きました。
一般的な国語力を考えたとき、彼はおそらくテストの点数は取れないでしょうし、語彙力や論理性も優れてはいないかもしれません。
ただ、それを補うだけの英語力を、体験を軸に楽しみながらつけていく力、そして、相手が誰であろうと物怖じしないコミュニケーション力も、私は、立派な国語力だと思うのです。
テストが必要ないとか、そういう話ではありません。
テストを攻略したり、コツコツと努力して点数を上げていくのが好きな子も沢山います。
これも、素敵なギフトです。
でも、答える時間を制限される事で、切り捨てられる能力もあるし、客観性や正確な語彙力があれば、国語の力があると考えるのは短絡的すぎます。
コミュニケーション1つとっても、上手に言語をアウトプットするだけでは片手落ちでしょう。
信頼関係を築ける人間性や、共感できる能力があって初めて、言葉は生きたものになるからです。
ですから、私の考える国語力とは、人や自分と気持ちよく繋がるためのツール全般を表します。
そう考えると、どの子にも飛び抜けた国語力が間違いなくあるはずなのです。
国語力があれば、昔の人とも交流できます。
未来に何かを残すこともできます。
きっと、人を助けることもできる筈です。
こくごの学び舎「ココの芽」は、そのお手伝いをする、楽しい場所でありたいと思っています。
上の写真は、次男の作ったバターナイフ。
下の写真は、観葉植物用のじょうろ。
作り始めると何時間も木工部屋から出てきません。
時々スマホで、簡単な英語を使って談笑しているのが聞こえてきます。
まだ、将来の事ははっきり決まっていないそうです。
彼がどういう人生を送るのか、母は今からワクワクしています。

公開日:2018年10月16日(火)
